2011年09月28日

とびっきり食堂

「とびっきり静岡」といえば、静岡朝日テレビで毎日の夕方に放送されている情報エンタメ番組。

実はコメミツのこの番組に取材を受けて出演したことがある。

だからということでもないが、この番組の名物コーナーの「とっびきり食堂」は食いしん坊にとっては嬉しい情報を提供
してくれるから、けっこう観たりする。

そんな「とびっきり食堂」が10周年を迎え、その総集本が発行された。



何気なく寄ったコンビニで買ったのだが、仕事の休憩中にパラパラと・・・

「どっかランチの美味しい店はないかな~」と情報本をサーチ。



と、そこにあったのは、地元・二俣の「ぎふや」さんではなか!!

しかも、【とびっきり静岡ディレクター太鼓判】に推され、半ページぶち抜きで特集されていた。

ちょっと、ちょっと!さびしくなったと言われて久しい二俣にも元気なお店がある!ある!!

これにはコメミツも刺激を受けた。

いやいや、おなかにはもっと刺激を受けた!

ランチに「ぎふや膳」食べに行こうっと。  

Posted by コメミツ at 09:02Comments(0)TrackBack(0)元気を見つけた

2011年07月18日

コメダにコメヤが学ぶ

夕食を済ませ、なんとなく「外で本を読みながら勉強したいな」と思った。

時間は9時過ぎ。

ファミレスはまだワイワイガヤガヤかな?というような時間帯だが、喫茶店はやっている
時間ではないので・・・

「そうだ!コメダに行こう。」

思って、深夜23時まで営業している近隣のコメダに一人で出かけた。



実は意外にも一人で深夜の喫茶店で本を読みながら過ごすのは42歳にして初めての経験。

ちょっと新鮮な気分で着座したテーブルを見渡すと・・・コメダの信条のコメントがあった。



お客様への約束(コメダ)

すべてのお客様に心温まるくつろぎの空間を提供することをお約束いたします。

明るい笑顔・返事、そして、明るい「笑顔」を絶やしません。

正確かつ迅速なサービス・調理を心掛けます。

清潔な店内でおくつろぎいただけるよう常に努力します。


以上が書かれていたのだが、これがおそらくコメダの「核となる価値と指針」であろう。

私が知る限り上記はすべての店舗で実践されている。

コメダは全国に406店舗もあるが、おそらくすべてで上記が実践され、徹底されていると思う。

「お客様へのお約束」には、コメダの 「どんな人が、どんな店舗で、どんな商品とサービスを提供して
いるか」が凝縮されているのだろう。

業種業態はまったく違うが、コメヤにも大いに参考となる「価値と指針」がコメダにあった。

結局、その日は閉店まで居座り、集中して1冊の本を完読することができた。

コメダの核となるバリューを私は享受したということか・・・。

  

Posted by コメミツ at 09:54Comments(1)TrackBack(0)元気を養う

2011年07月13日

川島米屋の篭盛り

今日から遠州地方の多くの地域はお盆。

初盆のお宅では親類や御縁者からたくさんの志がお供えされる。

そのシンボル的な御供が「篭盛り」である。




これらは、当店がとあるお客様にご依頼されてお届けしたお米の篭盛り各種。




米屋だけにその中央にはブランド米の象徴「魚沼産コシヒカリ」や「新潟産コシヒカリ」
※もちろん、精米し立てのお米であるので、“鮮度は抜群”である。



その脇を「ここにしかない」逸品が彩りを添える。

当店はあまり大々的にPRはしていないので、実は知る人ぞ知る「篭盛り」なのである。

人員の関係などで大量には受注できないので、ひとつひとつ熟慮して内容を決める。

ほとんどが口コミ或いは他のお客様のご紹介などでご依頼のあったお客様ばかり。

直接、間接を問わずコメミツに貴重な御縁をくださったお客様からいただいたお仕事である。

「〇〇さんに御供して良かった」

とご依頼主に喜んでいただける内容、初盆を迎えるお施主様におかれては、

「〇〇さんからいただいて良かった」

とご依頼主様のお気持ちが伝わる篭盛りを心掛けている。

今年もそんな「お心遣い」にかかわるお仕事をさせていただきありがとうございます。

お供えをする方々、お亡くなりになったご先祖様を初めて迎えるお盆を施し、供に供養を
してくださる方々をもてなし、お供えをいただく方々がいる。

そんな人情味溢れる場面(初盆)の「心遣い」を表現する“形”すなわち「盆供としての篭盛り」を
任せていただけるというのはなんとも幸せなことである。

こうした幸せを感じるからこそ 「喜んでいただける篭盛り」 づくりにいっそう励むことができる。  

Posted by コメミツ at 08:21Comments(0)TrackBack(0)元気な米屋

2011年07月12日

ヘルシー夏グラタン



親交のある農家さんから夏野菜の代名詞のナスをいただいた。

JC(青年会議所)の先輩からこれまた夏!の食卓を彩るトマトをいただいた。

さて、これらをどうしようか・・・と冷蔵庫とにらめっこ。

お?とろけるチーズが残ってる!

これを見て、出た結論が「ナスをメインしたヘルシーグラタン」

冷蔵庫にあった賞味期限が近付くエノキ、野菜室にたくさん残っていた玉ねぎを使用。

挽き肉や鶏肉のストックがなかったので、肉の代わりに油揚げを使ったヘルシーグラタンがコレ↓



と、写真のような出来栄え。

まず、野菜とキノコと油揚げを軽く蒸して素材の甘みを引き出して

熱したフライパンで、これまた冷蔵庫に保管してあった(チューブに入った)すりおろしニンニクと
ショウガをオリーブオイルで香り付け

ここに蒸したナス・玉ねぎ・エノキ・油揚げを入れて、先輩からいただいたトマトと一緒に炒めて
※トマトの汁が出るので煮るような感じ
※コメミツはここで塩コショウとともに、魔法の調味料の玄米酒を使用!

煮汁が少なくなってきたところに、とんかつソース、ケチャップ、オイスタースで味を調え

グラタン皿に入れて、とろけるチーズをのっけて、オーブントースターへ

焦げ目がつくまで焼いて、ヘルシーな夏野菜グラタンの完成!

旬の野菜をメインに、手軽で簡単、美味しくてヘルシー!これはオススメの逸品である。
  

Posted by コメミツ at 08:06Comments(2)TrackBack(0)元気をまかなう

2011年07月08日

ダイエットの語源

ほとんどの人が知っている言葉で関心の高い言葉・・・「ダイエット」

多くの人が理想を追い求め、これに挑戦し、成功と失敗を繰り返す・・・「ダイエット」

玄米や雑穀米などダイエットに関連する素材を扱うコメミツはとても身近な言葉。

その意味は、「食事を減らすこと」や「体重を減らすこと」すなわち「痩せる」ことだと思っていた。

先日、とある本を読んでいると、ダイエットの語源についてこんな記述がされていた。

『ダイエットの語源をたどると、以外にも「生き方」にたどりつく。決して「食事を減らす」
という意味ではない。』

さらにこの本ではこのように綴られていた。

『ダイエットするということは、あなたの生き方を決めるということなのだ。つまり、ダイエットとは、
自分自身の生き方を見直し、正すことにある。』

広く浸透するダイエットの概念が自分自身に必要だと感じる人は、また、周囲や医療関係者から
ダイエットの必要性を説かれ、促される人は・・・・

自分自身の生き方を見直し、正す必要がある人ってことかもしれない。

一事が万事。昔の人はよく言ったものでもあるし、真理を端的に表現している。  

Posted by コメミツ at 07:54Comments(0)TrackBack(0)元気を考える

2011年07月07日

奇跡の出会い

先日、東京で楽天市場に出店している人たちの集いがあった。

その会場で出会った「こだわりの果物屋 紅光」の店主・杉山公敏」さん。



なぜ、コメミツがそう感じたのか?  それは・・・

何千人この集いに出店者が集まったのかは知らないが、まったく知らない人たちばかりが
数千人いるなかで杉山さんと出会ったからである。

数千人も集まって、当日開かれる講演会や同時に開催されるいくつかのフォーラムや懇親会で
名刺を交換したり、親しくなれる人の数はごくわずか。

コメミツがこのイベントに参加した主目的は、自分を担当している楽天市場の担当者と運営方針に
ついての打ち合わせをするため。

また、自身が会場で費やせる時間は少なかったので、「担当者と話をする」ことだけに集中し、
欲をかかず他のフォーラムや懇親会は出席できたら “ラッキー” と決め込んでいた。

ところが、コメミツは時間をなんとかやり繰りしての上京のため、担当者と時間設定はせず、
会場で双方のタイミングやスケジュールを調整して「空いたどこかの時間で」的なアポ。

当たり前だが数千人がごった返す会場でなかなか担当者と会えない。

ならば!と、参加したいフォーラムもいくつかあったので受付に行くが、どれも満席。

仕方がなく・・・とは申し訳ないが、空席があった唯一のフォーラムに時間調整的な感じで飛び入り。

せっかく東京まで来て、担当者の時間が空くまで喫茶や読書ではもったいなかったので。

そこで、出会ったのが写真の杉山さんだった。

フォーラム会場の係りの人に促され、空いている席に案内され偶然席を隣にした。

ちょっとしたセミナー形式だったので、参加者はMCに前後左右の人たちとの名刺交換を促され、
自己紹介しながらごあいさつしたら、お互い静岡県人で、運営をサポートする担当者も同じ。

話を進めていくと、お互い食に関する仕事をしているなかで、食や素材について師匠にして相談者
として親しくさせていただいるのが、元ホテルオークラ総料理長の星光則先生だった。

※以前、師匠のことをブログで紹介したことがある


杉山さんが、私の名刺を見て・・・

「星先生と親交があるでしょ?天竜に玄米にこだわった面白い米屋がいるって聞いたことがある」

星先生は、超一流の料理人だが、ほとんどボランティア的に後進を指導したり、手弁当で
本物を生産・加工・流通する全国各地だけなく、海外の人たちも応援している熱血漢。

先生との親交には損得勘定も金銭の取引もないので、無名だが熱い情熱を持った人たち
ばかりが集まってくる。

そんな星先生を師匠とする杉山さん、果物への愛着と想いにこっちの胸も熱くなる。

やっぱり兄弟弟子である! 師匠が熱いのでそれに熱い弟子が引き寄せられるのだろう。

コメミツも玄米の玄氣(げんき)を源にする雑穀米、無洗米への愛着とこだわりは唯一無二、
誰にも負けないというよりも、比べることさえないほどの想いで仕事をしている。

「こういうのを引き寄せっていうのかなぁ」と感じた日であったし、師匠からの無形のプレゼントを
感じ、感謝の気持ちでいっぱいになった日でもあった。





  

Posted by コメミツ at 07:07Comments(0)TrackBack(0)元気な仲間たち

2011年07月06日

代謝をアップ!

玄米や雑穀米の最大のウリは栄養的に優れた面である。

健康的な食生活やダイエットには理想的な食材ともいえる。

過去のブログでも述べてきたが、食べることで代謝を高めるだけでなく、豊富な食物繊維が
余分な脂肪や糖分を排出してくれる。

その豊富な食物繊維は便通が良くなる要因のひとつでもあるのだ。

カロリーを管理したりコントロールすることも重要だが、きっちりやろうとすると・・・ストレスに。

ならば代謝を高めた方が良い!!のではないだろうか?

そこで、主食は玄米や雑穀のごはん!

そうすれば余分な脂肪をためず、カロリー制限といったストレスもなく、しっかり食べることができる。

そんな玄米や雑穀を専門店として代々営んでいる川島米穀店 四代目のコメミツ。

我こそがしっかり玄米や雑穀を食べなくてはならない・・・ということか。

いやいや、「〇〇でなくてはならない」というマストは禁物。

「玄米ごはん」や「雑穀ごはん」を自分で楽しもう!  っと。  これぞ、まさに天職?!  

Posted by コメミツ at 08:18Comments(0)TrackBack(0)元気を考える

2011年07月05日

玄米と雑穀たまに白米?

大ヒットドラマ「マルモのおきて」のエンディング曲 「薫と友樹、たまにムック」みたいなお題、
玄米と雑穀、たまに白米。

主役は薫と友樹、脇役がムックという曲だが、米屋がこんな感じで米穀を語ると・・・

玄米と雑穀が主食で、白米が脇役って感じはいかがだろう? と、お客様にお伝えしたい。

これまでブログでコメミツは、主食は「ごはん」で副食が「おかず」を論じてきたが、
今回は「ごはん」をもう少し掘り下げて考えてみた。

実は「ごはん」といっても、精製された白米ばかり食べていては痩せることはできない。

白米はGI値が高いため、食後の血糖値が急激に上がりやすく、糖分が脂肪として
蓄積されやすくなってしまう。

しかしながら、白米イコールダイエットの敵(悪)とまでは言わない。
※米屋が白米を悪(敵)呼ばわりしたら・・・何のために仕事をしているのか分からなくなってしまう。

白米はとっても美味しい、特にブランド米と言われる優れた産地や品種や農家によって育まれた
コメの味は日本人なら一度は食べて!と大きな声で言いたくなるほど旨い!ウマい!美味い!

ただ、ダイエットやエイジングを食事で期待したいのならば、GI値の高い炭水化物は野菜などの
後に摂取することをおすすめしたい。

それすれば、血糖値の上昇をかなり抑えることができる。すなわち太りにくい食事となるのだ。

でも、これを続けるのはちょっと疲れる、というか飽きてしまうし、食事が楽しくなってしまう。

そこで、GI値が低く、脂肪や糖分の吸収を防いでくれる玄米や雑穀ごはんがオススメ!

これ、やってみればわかるが、野菜ばかりを先に食べることを意識すると、けっこうしんどくなる。

なぜなら、野菜が最初がマスト(義務)になってしまって、野菜を多めに摂ってしまう。

野菜をたくさん食べるはいいが、やはりマストの食事はストレスも起こす。

だったら、GI値を抑えた主食といっしょに召し上がる方が自身の経験上ベターと考える。

雑穀は絶妙にブレンドされた多種を1合につき、大さじか中さじ(コメミツ的には中さじ=10CC)
1杯程度混ぜて炊くと、これが旨いのなんの!白米が食べられなくなってしまう人もいる。

ビタミンやポリフェノールを摂取できるので栄養的にはかなりバランスも良くなる。

ただ、基本的に90以上%は白米なので、根本的な解決にはならない。

そこで、玄米!ということになる。

医学や栄養学の高名な大学教授などの著書を読むと、最低ラインが白米8:玄米・雑穀2、
すなわち、お茶碗の中に20%以上の玄米や雑穀が入っていると良いと書かれている。
※もちろん、継続的に続けることが大前提なのでご注意されたし。

自身の家業として米穀を扱っているので言えることだが、多種多様な雑穀が入った炊飯用穀類や
各々を収集するには多大なコストがかかってしまう、雑穀だけで20%にするのは。

繰り返すが、そこで玄米なのである!

玄米ならばコストは雑穀よりも安価なので、これを組み合わせながらご自分の黄金比率を見付けて
主食を楽しむのも悪くない、むしろ楽しい。

でも、やっぱり銀シャリといわれるような美味しい白米もたまにはいいのではないか?

また、野菜を食事の最初に摂れるときなどにちょっと贅沢に高級ブランド米もいいだろう。
※国産の最高級と評される魚沼産コシヒカリだって、お茶碗一杯ならば50~60円程度。
※ちなみに玄氣100%で炊いても60~70円程度である。

明日は雑穀ブレンド白米ごはん、明後日は玄米ごはん、雑穀+玄米+白米ごはん、
玄米+白米ごはん、たまには白米オンリーごはん、さらに配合比率を楽しめば無限大に
主食を楽しむことができるし、ブレンドを工夫したり、食べ方(順序)を工夫するだけで、
ダイエットやエイジングも期待できちゃうのである。

てなことで、主食は、玄米と雑穀、たまに白米ということを念頭にしてみるのはいかがだろう?

主食の楽しみ方は・・・まだまだ続く。
  

Posted by コメミツ at 08:13Comments(0)TrackBack(0)元気を考える

2011年07月04日

ダイエットに最適な和食?!

前回のブログで、食事に対する考え方において、おかず中心から「ごはん」(穀物)を中心に
チェンジすなわち、主食の復権を訴えたところであるが、そんなごんはダイエットに最適な
和食との相性がいい。

ごはんの腹もちの良さや満足感において、ごはん(穀物)に勝るものはないと言われている。

そんなごはん(穀物を炊飯したもの)は、味噌汁・煮物・和え物・漬けもの等と相性がいい。

つまり、炊飯した穀物は和の「おかず」=「低カロリー」との「相性がいい」=「美味しく食べられる」
ということになる。

考えてみれば、和食の素材である野菜・イモ類・大豆・海藻類は、栄養学の素人の私でさえも、
低カロリー・低脂肪であることぐらいは知っている。

また、ビタミンやミネラル、食物繊維や抗酸化やエイジングケアにいいとされるポリフェノールまで、
脂肪の代謝を促進させる栄養素の宝庫でもある。

これらを「おかず」の中心にして「玄米や雑穀を主食」にしたら相乗効果は間違いない!!

ごはん(穀物を炊いたもの)を中心に「おかず」を和にすれば美味しく食べながら、ダイエットが
できるのではないだろうか・・・?

コメミツもやってみようと思う。 いや、やらねばならない!

だって、白ごはん(白米炊飯)より栄養素が豊富でギャバまで含む玄氣(げんき)を製造・販売
しているの張本人だから。

だいたい、楽天市場の屋号は「玄米・雑穀米の通販 川島米穀店」

和の「おかず」に玄米・雑穀米を主食にしないでどうする?コメミツ君。  

Posted by コメミツ at 07:30Comments(0)TrackBack(0)元気を考える

2011年07月02日

チェンジ!お肉中心

今日のごはんは何?  ハンバーグだよ!

ん?この表現、どこかおかしい・・・。

ごはんはお茶椀に入っているコメではないのか?

ハンバーグはおかずではないのか?

米屋のコメミツでさえ、知らず知らず主食(メイン)が「おかず」となってしまている。

主食とは、その国や地域に生活する人々が活動に必要なエネルギーを摂るために
メインで食べているもので、我々日本人はコメだ。

しなしながら、戦後欧米型に様変わりした日本人の食生活(食卓)はメインディッシュ(おかず)が
中心(主役)で、かつての主食「ごはん」やパンは副食となってしまった。

もともとの日本人は、ごはん(穀物)が主食でおかずが少しが伝統だった。

コメミツは米屋だけに、米すなわち「ごはん」が主食ということは理解しているし、昭和の時代の
電話帳には米屋は「川島〇〇(主食)」と掲載されていたほどだった。
※当時の電報電話局がコメを扱う職業を「主食」と判断して載せていた。

さて、コメミツも米屋だけに誰もよりも主食はコメと頭ではわかっている。

が?! 今日のお昼は何にする?晩は?

などと家族に聞くときの「何」については、肉料理か魚料理か野菜料理を意識している、
つまり主役は「おかず」ということを無意識のうちに論じている、米屋でさえ。

米屋のくせに悲しいが、せいぜい朝食の時だけである、今朝は「ごはん?パン?」とメインとして
かつての主食をメインに意識するのは。

さて、多くの人はメインディッシュから連想する料理は「肉系・魚系」が多いのではないだろうか?

コメミツは両方ともに好きだが、どちらかというと肉の比重が高い(高かった)。

肉系料理は美味しいが、いや非常に美味しいが、非常に油脂が多いのも特徴である。

こうした肉をメインにする、あるいはメインにすることが多い、さらにはメインとして続けることで、
全体的には油脂の摂りすぎになってしまってしまう。

油脂を過剰に摂取している日本人が多いと聞く。

実は、この油脂の摂り過ぎは「いちばん効果的に太る方法」だとも言われている。

お肉中心の食生活をしていては、やせるはずはなく、油脂を大量に摂ることは健康面においても
問題だ、コレストロールをため込んで、高脂血症などの生活習慣病になる確率も高まる。

ただし、これはお肉がNGということではない、お肉の食べ過ぎがNGなのである。

お肉は煮ても焼いても旨い、メインで焼くともっと旨い。

旨いだけでなく、お肉のタンパク質は非常に良質で、少量でも人体が必要とするタンパク質や
その他の栄養成分を摂ることができる優れた食材でもある。

つまりメインディッシュにするのは控えて、おかずのひとつとして意識するれば栄養補給には
最適だし、少量ならば摂り続けてもかまわないという美容研究家や料理研究家の著書も多い。

お肉は「おかず」という意識を持って食生活を営むだけも生活習慣病予防になるのではないか?

主食は穀物からできた「ごはん、ぱん、そば、うどん、パスタ」などという意識を持つだけで、
食卓のバランスが変化していくのではないだろうか?

そのバランスを保つメイン(主食)のひとつにコメがある。

コメミツは主食としてのコメの役割をコメミツなりに考えていきたいと思う。



  

Posted by コメミツ at 07:46Comments(0)TrackBack(0)元気を考える

2011年07月01日

生きているだけで幸せ

昨日の深夜、なんとなくテレビを観ていたら・・・というより、番組をサーフィンしていたら、
タカ&トシが司会をする番組で、何かに迷ったり、困ったり、落ち込んだときなど、
人生の様々な局面でサプリになるセリフ・フレーズ・歌詞などを紹介する番組をやっていた。

(ドラマやアニメや映画や歌の歌詞の一節でサプリになる部分を紹介していた。)

たまたま私が観たとき、10年ほど前のドラマで心臓病を患う広末涼子が堂本剛に、
命の大切さ、生きたくても長く生きることのできない人の切なさを訴えながら、

「生きているだけで幸せ」

という言葉を発する場面があった。

私はこのドラマは見たこともなかったので、あらすじも知らないが、「生きているだけで幸せ」
という広末涼子が切なく言った台詞がたまらなく胸に響いた。

人生も40年以上生きていると、すべては自分が選んだことなのに、途中で投げた出したいこと、
やってられないと感じること、人や政治・社会や環境のせいにして文句ばかり唱えていること、
あの人はいいなと羨ましく思うこと、なんで俺ばかりと憤慨していること、不運や悪縁を嘆くこと・・・

そんな不平不満ばかりの自分に気が付かずにはいられなかった。

そして、もっと驚くようなことにも気が付いてハッとした。それは・・・

何もしないでいる自分

がいるということだった。

不自由を感じるのも、不平や不満を感じるのことは、とっても人間らしい感情だと思う。

ただ、それを感じたり、口にするだけで終わっていることがあまりにも多いのではないだろうか?

そう感じないようにするにはどうしたらいいだろう?

口にしないでいる、我慢する・・・外部環境からはとってもいい人に見えるに違いない。

でも、自分という内部環境はどうだろう?

それだけは何も変わらないし(自分しか知らない内面的な問題は解決しない)し、
体裁を繕うだけに過ぎないような気がした。

これでは、「生きているだけで幸せ」などと心底感じることはできないと思う。

幸せを感じたいのならば、ネガティブに感じた感情をポジティブな感情に変えなければならない。

五感と五体を持った人間には、実感が必要ではないだろうか?

失敗してもいいじゃないか!人から批判されてもいいじゃないか!反対されてもいいじゃないか!

不自由・不平・不満・不安を感じたら、心の中だけでは解決できない(少なくとも私はできない)
のだから、どうすればそれが解決できるのかを自分なりに考えて、わかないことは相談したり、
勉強して(情報を収集して)、良心に従って行動する。

すなわち心と頭と体を使って、すべてで感じることが必要だと思う。

結果、少しでも改善できたら少しの幸せ(満足)を感じることができる。

改善できなかったことは、理由を真摯に考え、また考えて良心に従って行動する。

こうした行動の積み重ねが大きな幸せに成長し、心の習慣も変わっていくような気がしてならない。

時間は有限であることを認識しながらも、死に直面しない今のコメミツは「時間は過ぎていくもの」
としか感じていない・・・恥かしながらそれが現実である。

では、「時間はやってくるもの」と感じることできたらどうだろう?

過去でも未来でもない「今の自分」に訪れてくれた「時間(とき・いま)」とはなんと尊く貴重なものか!

自分の人生がいつ終わるのかは誰にもわからないのである。

だとしたら、こうしてブログを綴っている時間もいただいているのであって、時間がやってきてくれた
おかげなのである。

ちょっとだけだが、生かされている一面を感じたような気がする。

せっかく生きているのだから、生きているだけで幸せを実感したいと強く意識したコメミツだった。

何もしないでいる、思うだけにとどまっているのではなく、行動しよう。

  

Posted by コメミツ at 09:11Comments(0)TrackBack(0)元気を考える

2011年06月29日

気になっていたので・・・

この看板 ↓ 二俣から「ららぽーと磐田」や隣接する取引先の遠州米穀にルートにある。



実は、ずっと前から気になっていたので、この日は案内看板どおりに右折したら・・・

ここ! という看板を発見 ↓



近くの駐車場に車を止め、けっこう急な坂を下ると、そこには・・・



岩田神社が!

磐田台地の西端にあって、磐田台地の登るちょっとした森林(もり)にひっそり厳かに。

ご祭神は大国主命で、由緒の札には「岩田神社創立は、宝亀2年(771)2月にして49代光仁天皇
の御時、出雲国杵築宮より大国主命を勧請し、入見神社と称し奉る所以は当国引馬原の東に
岩田ヶ原柚子ヶ浦入海あり、この入海を伊留美と称す。」とある。

1,300年前から・・・いつも通り過ぎている近くにこんな静かで心地良い空間があるとは。

そのままずっと通り過ぎていても、岩田神社の名前だけ(頭で)は知っている。

でも、少し歩けば、どんな場所にどんな姿でどんな神様がどんな由緒で建立されているかを五感で
知ることができる。

足を使って、感じる(体験する)ことも大切だなぁ~と。

なんとなくだが、知っているだけの知識もいいが、実際に行って感じた知識はもっといいと再認識。

  

Posted by コメミツ at 07:16Comments(0)TrackBack(0)元気をいただく

2011年06月28日

つぶやきみたいな・・・

しばしブログが更新できなかった。

ちょっとばかしコメミツも忙しかったから更新もままならず・・・

このままでは続きかなくなってしまうので、twitterみたいな感じで、

今日もお仕事がんばってます、なう。

それにしても暑い・・・でも、コメミツは熱い!!

  

Posted by コメミツ at 09:18Comments(0)TrackBack(0)元気な米屋

2011年06月18日

無駄にするのは野蛮人

昨夜、何の気なしにテレビをつけたら、「豚がいた教室」という映画が放映されていた。

実際にあった出来事(実話)を基に(参考に)できた映画で、とある小学校の6年生児童が、
家畜である豚の飼育やその体験を通じて、「生きる」「生かされいる」「いただく」という
意味や概念について問い、考えさせられる内容だった。

ストーリーは妻夫木聡が扮する新任教師が6年生の担任として着任した際、クラスの子供たちに
「ブタを育てて、みんなで食べよう」と提案する。

もちろん、児童はびっくり、教室は騒然。

しかし、担任の「いのちの大切さ、人間はいのちをいただいている」ということを頭だけでは
なく体で感じて欲しいという熱意を受け入れ、クラス一丸で豚の飼育に励む。

児童たちは次第に豚を可愛がり、創意工夫してエサを探し(工面したり、豚専用の小屋を作ったり、
掃除をしたり、休日や夏休みの当番などを積極的に行うなど、全員が愛情たっぷりに豚と接する。

そして、豚に対しての愛情が募り、児童たちは担任に「先生、豚に名前を付けたい」と申し出る。

担任は決め事(最後は食べる)という前提があったため難色を示すが、結局子供たちの熱意に
押し切られ、豚に「P ちゃん」という愛称を付ける。

育てる身としては当然であるが、やがてクラス全員が「食べられことが目的の家畜」ではなく、
Pちゃんというペット、仲間としての愛着を感じ、目的から気持ちが離れていく。

最初の約束(決め事は)卒業時に「食べる」。

しかし、自分たちの卒業が近づくにつれ、Pちゃんが仲間から食肉へ、友達から豚(家畜)へに
戻ってしまうこと、イコール自分たちの判断でPちゃんを殺すことへの葛藤を覚える。

果たして、長生きさせることが善か?食肉にすることが善か?児童全員が複雑な心境に。

そこで、延命(当初の約束・目的を変更する)という決定もアリという前提で、担任はPちゃんを
卒業までにどうするかみんなで話し合って決めようと提案。

すると、仲良しだったクラスメートが感情むき出しで意見を戦わせるという論戦が始まる。

互いに自分たちの判断の正当性をぶつけ合うが、みんなの意見は「食べる」「食べない」
で真っ二つ、「食べる」「食べない派」に分かれ、ディベートが続く。

最初は冷静ながらも、「とにかく生かしてあげたい」、「ペットとしての天命を全うさせたい」
「可愛がったから食べれない」、「可愛そう」という愛情が激しい感情に変わり、絶対に食べさせない、
殺させない論理を展開する延命派。

「それは結論を先延ばしにするずるい結論だ」、「自分たちが始めたことだから自分たちで責任を
まっとうすべき」、「そもそもPちゃんと関わりなかった後輩に任せて卒業し、最終的な結論を他人に
任せるのはおかしい」、「食べることでPちゃんとその思い出ごとを自分の体の中にしまっておきたい」
など、泣き叫びながら、号泣しながら「嫌だけど・・・」と筋を通そうとする食肉派。

この論戦、ガチンコで国会議員の先生方にやっていただきたいと感じるほどリアルで、大人の私も
「ごもっとも!」と感心させられる演説も多々ある。
※このシーンには台本がなく、子供たちの思うがままにディベートをさせたようである。

さて、この結末や結論はともかく、この論戦が始まる直前、ある男子児童が肉屋(食堂?)を営む
父が豚肉をさばく姿を見ていたら、父親から、「無駄にするもは一切ない。骨だって粉々にして土に
返す(肥料にする)。食べれないから捨てるのは野蛮人。無駄にするのは野蛮人のすることだと、
俺は小さい時に家畜を絞める人から教わったんだ。」旨を子供に伝えた。

彼はこの父親の言葉に大きな影響を受けて(真摯に受け止め)、ディベートに参加する。

これは節約に通じる概念だと感じた。

そういうえば、佐賀のがばいばぁちゃんというテレビドラマの中で、泉ピン子扮するばあちゃんが、
「節約は天才、ケチとは違う」というようなセリフがったと記憶する。

節約には何か消極的な意味合いを感じることもあるが、本当はとてもポジティブな言葉では?

我々人間は動植物の命をいただかなければ生きていけない。

そして、一人だけでも生きていけない。

人間は様々な命を糧に生かされている。様々なご縁でも生かされている。

無駄な命、ご縁はないということか。

生かしていただき、ありがとうございます。というのが決め台詞の人気ブログがあって、
本まで出版されているが、その意味が映画を通じてわかったような気がする。  

Posted by コメミツ at 08:04Comments(0)TrackBack(0)元気を考える

2011年06月16日

放射能と農産物

>これから放射能の影響が出てくると思われますが、 どのような基準を考えておられますか?

上記はお客様からのお問合わせ(ご質問)である。

私は、このお客様からのお問合わせ(ご質問)について以下のように答えた。

⇒正直なところ、当方は専門家ではないため現在情報収集中でございます。

東日本を中心に農産物に放射性物質が検出されており、現段階では国の基準値を参考に
取り扱いを決めたいと考えております。

しかしながら、一概にこの基準で良いのかと問えば、絶対はないので、情報を収集し放射能に
関する知識を高め、判断基準を決めていたいとも考えております。

現在、当店では放射線量の測定は行っておりません。

理由はインターネットで販売しているお米については既に昨年の秋(10月)に収穫されていること、
産地は静岡県磐田市であること(福島第一原発から400km以上離れていること)、行政が発表して
いる当地域の放射線量のモニタリングで空気中の放射能について高い数値を示していないこと、
収穫された(既に入荷した)お米については、機密性の高い低温倉庫にて保管していることなどを
考慮した結果です。
※検査の必要性と安全性についての判断は、浜松市役所及び静岡県庁(危機管理部原子力安全
  対策課)の担当職員にも相談しておりますのでご安心くださいませ。

しかしながら、3月22日の水素爆発で全国に放射性物質が放出(拡散)したこと、放出以降に栽培
及び収穫された路地野菜(葉もの・・・静岡県の場合は特にお茶などの)農産物等に影響が出ている(放射性物質が検出されている)事実を鑑み、平成23年度産(本年8月~11月収穫)については、
入荷時の放射線量チェック或いは収穫時に放射線量チェックがされた米穀のみを取り扱うなどを
検討し、安心してお客様に選んでいただけるような体制を構築したいと考えております。
※当店でも測定機を購入し、米だけでなく、精米所や水なども測定していくことを検討しております。
※当店が特に気にかけている放射性物質は半減期の長いセシウムで、セシウムが検出された
 コメについては国の国の基準をはるかに下回るか、場合によっては検出された産地のものは
 使用しないなど厳しい基準も検討しております。
※生産者には何の罪もないことですが、口に入りお客様のエネルギーや体を作る糧であるコメを
 取り扱う者として、感情に流されることなく、客観的にかつ冷静に判断したいと存じます。

以上のように回答した。

【注意】
「セシウムについて、場合によっては使用しないなど・・・」と表現しているが、これは、開示した
情報に隠ぺいがあった場合や公開した情報が二転三転するなど、信憑性や信用度が低いと
判断した場合のことである。

今後、新たな知識の習得や放射性物質の情報などを得た場合、柔軟に対応するので、上記の
回答については随時変更する可能性がある。  

Posted by コメミツ at 04:56Comments(0)TrackBack(0)元気を考える

2011年06月14日

おもしろきこともなき米屋を

日本のコメどころ東北地方が震災に見舞われ、米穀業界に携わる人ならば、誰もが気になり始めて
いるのが、今年の新米の収穫量、相場といった動向。

一般の消費者物価にはほんとんど影響は出ていないが、お米の卸値が上昇し続けている。

先代の後を受け継いで5年しか経験のない私にはだいたいが初めてのことが多いが、これほど
「変だなぁ~」と感じるというか、とにかく「わからん」という言葉が適切な心境である。

正確な数字を把握している訳ではないので、正否は定かではないが、震災前までコメは余るほど
あったから、驚くほどの安値でコメを売る人たちがたくさんいた。(今もいる)

確かに震災で倉庫が被害にあった地域も多かったのも事実だが、政府の備蓄米や既に収穫され、
被害を受けなかった倉庫に眠っていたコメもたくさんあったはず。

しかし、コシヒカリを中心にコメがなくなっている(正確には出回っていない。)

でも、市場に出てくるコメが少ないから、取引価格は高騰している。

消費者がお米を食べ始めたから?

そんなはずはない、家で食べる人が増えれば外食は減るが、この場合、相殺された両者の
消費少量より少しだけコメの消費量がマクロ的に伸びるだけ。

少しくらいは値上がりするかもしれないが、驚くような伸展はないと考える。

では、なぜ?

震災後、誰か(大きな資本)が買い占めたのだろうか・・・と疑ってしまうような市況である。

本来は神の見えざる手、すなわち重要と供給によって価格は決まる。

現在、消費者が食べているお米は、既に収穫量は確定している昨秋のコメ(供給)。

コメの消費量が特段に増えている統計データもない(需要)。

こうしたことから考えても、需要と供給に大きな変化はないといっても過言ではないと思う。

なのに価格が上がっていく。

誰かがたくさん買い占めて(あるいは意図的に出さずに)いたとしたら・・・

震災を考慮して、今秋の収量不足を予見して、昨年度産が安価だった震災直後に買い占めが
あったとしたら・・・

供給が著しく少なくなるのだから、需要と一致するポイント、すなわち決定価格は高くなる。

量が減ったわけではない、質が上がったわけはない、消費が増えたわけはない、政府は未だに
供給過多として減反を続けているのに、価格が上昇する。

やっぱり誰かが・・・と疑うのはコメミツだけだろうか?

こういう状態が続くと、おそらく中途半端な規模の農家・卸(流通)・小売が淘汰されると思う。
※あくまでも、こうした見えない寡占状態が続くという話である。

すなわち、二極化するということだ。

大規模農家か画一的に生産したコシヒカリが、全国規模の商流に乗って、配送センターを持つ
小売チェーン(一括納品ができて多売できる小売店)に届く。

こうたしたお米はコシヒカリという品種以外の特徴はないが値ごろ感のあるまずまずのお米。

でも、こだわりのある農法や品種を扱う小規模な農家には絶対的な量を必要とするこうした商流には
向かないというより、お互いにメリットがないから取引はしない。

こうしたお米は安全性が非常に高く、食味も良く、希少性も高いが、価格も高めとなる。

おそらくそんな二極化構造になっていくのはないだろうか・・・。

もちろん、小さな田舎のお米屋さんのコメミツは、小規模農家や小規模流通を通じたお米を
取り扱うことになるに決まっている。

マクロのトレンドに乗れない小さな米屋にとっては、売上的には非常に厳しい局面を迎えるが、
商人としては非常に面白い時代がやってくるのかもしれないと、少しワクワクしている。

米屋もがんばり次第でマイノリティが際立つ時代に突入するのかも。

巨大流通が、高速道路IC周辺道路やバイパス周辺に全国津々浦々似たような街並み(同じような顔
の街道)を形成してように、コメもそうなっていくのだろう。

それならば、コメミツは、小粒だがピリリと辛い山椒のような米屋でありたい。

「おもしろきこともなき米屋をおもしろく、コメに携わるものは心なりけり」でいこう。



  

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2011年06月12日

おもしろきことも

おもしろきこともなき世をおもしろく

これは幕末の志士「高杉晋作」の辞世の句である。

いまさら私が有名な高杉晋作の逸話・功績・武勇伝・才能などを評価する必要もないが、
私は彼が残したとされるこの句が好きだ。

実はこの句ほど有名ではないが、この句には、臨終の近い彼を看病していた野村望東尼が
詠んだ下の句がある。

すみなすものは心なりけり

解釈は人それぞれ、十人十色。誰が何を感じ、読み流すも受け止めるも活用するのも自由だ。

ならば私は、こう解釈する。

高杉は、「面白くない」という前提で世の中を見ている(決めつけている)。

「世の中とは面白くないものだ」という自身のフィルターを通して、世の中を見ているが、
自身の行動で、楽しい世にしよう、閉塞感を打破しよう、つまり、「世の中を変えよう」と訴えて、
あるいは自身に言い聞かせ、奮い立たせて生きてきたのであろう。

でも、変えようとしたところで、決めつけているフィルターを変えない(はずさない)かぎり、
自分の目に映る世界(世間)は、「面白くない」ままではないだろうか。

下の句を詠んだ野村望東尼は、こうした高杉流の「決めつけ」に対して、、楽しいも楽しくもないも、
面白いもつまらないも、自身の心(感情)がそれを決定している(決めつけている)と断言するが如く、

「すみなすものは心なりけり」と詠んだのではないだろうか。

眼前眼下に広がる(見える)世界はあるがまま。それ以上でもなければ、それ以下でもない。

「すみなすものは」とはすなわち、自分の住む世界。

「心なりけり」とはすなわち、誰にも侵害されない自分の自由な意思・選択・判断・感情。

すべては自分の心がどう感じるか、何を選択するかが”答え”ということ。

さてさて、これを自分の仕事に置き換えてみると・・・

「おもしろきこともなき玄米をおもしろく」

玄米を食べにくい、炊きにくい、美味しくないと決めつけていたのだが、亡き父の残した言葉で、
食べやすく、炊きやすく、美味しくすることはできないものかと、玄米をチェンジさせたものが
玄氣(げんき)だった。

玄米を玄氣にするもしないもの自分が選んだ結果だったというとか。

では、その玄氣をどうしよう?

それこそまさに「つくりなすものは心なりけり」といことか。
  

Posted by コメミツ at 13:45Comments(0)TrackBack(0)元気を考える

2011年06月09日

ちょっと散策



今朝は早起きして、早朝6時に浜松市北区引佐町は奥山へ。

私にとって、奥山といえば、方広寺。

ここへ来たのは・・・何年振りか思い出せないくらい久しぶり。

残念ながら、拝観時間外のためこれ以上侵入できないので、駐車場付近にある三重の塔を拝見し、
方広寺付近の空気をいただきながら散歩。

知らなかったけど、この立派な三重の塔は説明の札によると・・・

京都の篤志家山口玄洞氏が寄付、建立したものである。
山口氏は大阪でラシャ問屋を営んでいて、第一次世界大戦中に財をなしたが、
当時の管長英宗老師の忠告で好景気のうちに商売を手控え、
停戦と共にあちこちで倒産者相次ぐなかに独り難を免れ、
その後も社業は発展したという。
そうした故事から、この三重の塔「倒産よけの塔」として、全国の財界人がよくお参りにきている。

だそうな。

篤志・・・「いつか、そんなことができたらいいなぁ」と思うだけでもいいのかもしれないが、
少しでも(今の自分でできることで)いいから公共(みんな)の福祉(幸せ)のために篤志行為を施す。

これはお金や寄進がすべてはないかもしれない。

自分の仕事や行いが家族、仲間、地域、お客様にとって、“役立つ”ことを本気で実践することも
篤志ではないだろうか。

それが仕事で実現できるならば、職種、収入、階級、階層に関係なく、

「篤志」・・・志のあついこと。特に、社会事業や公共の福祉などに熱心に協力すること。

つまり、天職になるということではないだろうか?

米屋のコメミツに何ができるだろう?

帰ったら、何をすべきだろう?

いや、仕事の内容(カタチ)は同じかもしれないが、目的や目標を定めて、心を込めて、心遣いをして
仕事に打ち込むことが篤志であり、こうした小さな積み重ね、少しの時間の積み重ねで、目的や目標
も高次に進化し、やがて大きな篤志になるのでは・・・

昨日と同じ内容の仕事かもしれないが、お客様に喜ばれる仕事になるよう心を込めて仕事をしよう!

そう考えたら、工夫すべきアイディアが次々浮かんできた。

まずはできることから、小さなことでいいから、実践、達成を繰り返し、より大きな喜び、
たくさんの喜びに昇華しよう。

この積み重ねこそが・・・未来のコメミツを決める。

そんなことを感じた早朝散策であった。

  

Posted by コメミツ at 22:26Comments(0)TrackBack(0)元気を養う

2011年06月08日

玄米食の安全性

玄米食については、栽培における農薬や化学肥料の使用の有無が安全性について
問われることが多い。(あくまでも一般的に。)

もちろん、農薬や化学肥料は使わない方が良いにこしたことはない。

しかし、私はそれよりも玄米の取り扱いの方がもっと重要だと常々感じている。

前回のブログで長崎の原爆投下で被爆した病院の患者やスタッフが玄米食で、健康や体調を
維持したこと(伝説)を述べたが、実はどう調理したかについての史実がない。

例えば、何時間漬け置いたのか?何度の水に浸したのか?

これだけも玄米の性質は大きく変化する。

できるだけ柔らかくしたいので半日ぐらい漬け置いても大した成分変化はない。

しかし、これが一昼夜あるいは一昼夜半漬けていたとしたら、若干ではあるがギャバが増えていた
可能性もある。

つまり、発芽していた可能性があるということだ。

で、発芽(ギャバ=γアミノ酪酸)が増えるにはグルタミン酸を使うので、アミノ酸も変わっている。

専門家でも諸説が分かれる、フィチン酸も変化する(キレート作用が解ける)
※長くなるのでここでの詳細な説明は割愛する。

つまり、漬け置き時間や温度が違うだけで玄米は別物になるのである。
※私は眠っているままの玄米の状態より、目覚めた(活性化した)発芽玄米の方が、栄養成分や
フィチン酸の弊害が低減すると考えているので、発芽玄米の方が良いと思っている。

では発芽玄米ならば大丈夫か?

私は大丈夫たと思うが、発芽玄米には解消していない課題がある。

それは果皮(表皮)のパラフィン層が残っていることだ。

パラフィン層とは、卵の殻の表皮、野菜や果実の表皮(果皮)のような存在だと考えていただければ
良いと思う。成分的には油分であると思っていただければ良いと思う。

さて、このパラフィン層が・・・実はこれは前回のブログの最後の「続く・・・」とリンクする。

が、文章も長くなり、時間も大分使ったので、次回以降の講釈としたい。

※あまり熱く論じると、私の場合、燃焼してブログが続くかなくなってしまうので(苦笑)  

Posted by コメミツ at 19:26Comments(0)TrackBack(0)元気なお米

2011年06月07日

最近多いお問い合わせ。

最近、玄米・玄氣について、こんな問い合わせが多い。

「玄米って放射能の対策になる食べ物ですか?」
※私は「わかりません」と回答し、私の知識の範囲で「科学的根拠を見聞したことはございません。」
と回答している。

おそらく長崎で被爆した爆心地から1.8キロと、かなりに近い病院の患者やスタッフが全員無事
だったという “伝説”のような史実がこの流言・噂を起こしているのではないかと思う。
※もう6年も前のことであるが、玄氣の開発を志した際に、玄米の効果効能を調べていたら、
真偽は定かではないが、私もこの長崎の事例を目にしたことがあった。

さて、この病院の皆さんは、食療を念頭にしていた院長の「玄米食(自然塩をたっぷり付けた玄米食)
食べ、味噌汁を飲みなさい。砂糖は禁止。」をとにかく実践し、健康な体調を維持したそうな。

この伝説とおり玄米が放射能対策に効く効かないはともかく、この院長が患者さんやスタッフに
奨めた「玄米と塩(自然塩)を一緒に摂る」ことは理にかなっている。

あまりこのことを言う人は少ないが、玄米にはパラフィン層という油分が表皮(外皮・果皮))にあって、
ここに若干の毒性というか、消化に負担をかける成分がある。

これは種である玄米が命のリレーを遂行するために、鳥などの玄米にとっては“外敵”から身を守る
(食べられ過ぎない)ための役割を果たす、適切な時期に発芽するために水から油分で身を守るなど
といった説が唱えられている。

このパラフィン層を自然塩が毒性を中和というかバラバラに分解してくれるので、消化に負担を
掛けないとも言われおり、マクロビオテックが玄米を炊飯するときに自然塩を入れて炊くのも
ここに理由があるのと私は思うのである。

したがって、放射能云々は関係なく、この長崎の病院の院長が「玄米と塩を一緒に」としたことは
理にかなっており、理想の玄米食に近いと私は考える。

しかしながら、個人的には塩を入れて玄米炊飯をすれば玄米食は安全かというと、
あながち言い切れない部分があると玄氣を考案した身としては言いたい部分がある。

このことは、また別の機会に論じたい。 

ということで、この話はこれからも続く・・・。  

Posted by コメミツ at 12:09Comments(2)TrackBack(0)元気なお米